「英語の ‘you’ って、『あなた』と『あなたたち』、どっちの意味もあるから時々混乱する…」
英語を学習していると、誰もが一度はこんな風に感じたことがあるのではないでしょうか。一つの単語が全く違う状況で使われるのは、不思議ですよね。
実は、この ‘you’ というたった一つの単語には、王様への敬意から始まり、社会の変化を経て現在の形に至るまで、とても興味深い歴史が隠されています。
この記事では、’you’ がどのようにして現在の形になったのか、その謎を解き明かす旅にご案内します。言葉の背景を知ることで、ネイティブの「丁寧さ」の感覚や、会話でよく使われる「あなたたち」という表現のニュアンスが、ただの丸暗記ではなく、心から理解できるようになりますよ。
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動画をご覧になった方も、そうでない方も、このブログを読めば ‘you’ の世界がさらに深く、面白くなること間違いなしです。
昔の英語には「あなた」と「あなたたち」を区別する言葉があった
今でこそ ‘you’ は単数も複数も表しますが、シェイクスピアの時代よりもさらに昔の英語(古英語や中英語と呼ばれる時代)には、はっきりと区別された言葉が存在していました。しかも、主語か目的語かによって形まで変わっていたのです。
- 単数形(あなた)
- 主語: thou (サウ) – 「あなたは」
- 目的語: thee (ズィー) – 「あなたを・に」
- 複数形(あなたたち)
- 主語: ye (イー) – 「あなたたちは」
- 目的語: you (ユー) – 「あなたたちを・に」
驚くことに、現代の私たちが使っている ‘you’ は、元々「あなたたちを・に」という複数形の目的語だったのです。当時は、話しかける相手が一人なのか、二人以上なのか、そして文の中でどんな役割を果たすのかによって、これらの言葉をきちんと使い分けていました。
なぜ一つの ‘you’ に?きっかけはフランス語と「敬意」
単数形と複数形、さらには主格と目的格までしっかり分かれていたのに、なぜ一つの言葉にまとまってしまったのでしょうか。
その大きなきっかけは、11世紀にフランス語を話すノルマン人がイギリスを征服した「ノルマン・コンクエスト」にあります。この出来事により、イギリスの支配階級、つまり王様や貴族、政府の役人たちの公用語がフランス語になりました。
当時のフランス語には、相手への敬意の示し方として、非常に特徴的な文化がありました。それは、相手が一人であっても、敬意を示すために複数形の ‘vous’ (ヴ) を使うという習慣です。これは、王様や貴族など、身分の高い人に対して「あなたは一人であっても、複数の人々と同じくらいの価値がある素晴らしい存在です」という敬意を表すための表現でした。ちなみに、親しい友人や家族には単数形の ‘tu’ (テュ) を使っていました。
この「敬意としての複数形」という文化が、支配階級の言葉であったフランス語から、一般庶民が話す英語にも取り入れられます。
英語を話す人々も、フランス語の習慣を真似て、敬意を払うべき相手(王様や上流階級の人)に対して、一人であっても複数形の ‘ye’(後の’you’)を使うようになったのです。
ここから、言葉の意味合いが大きく変化していきます。
- ‘ye’ / ‘you’ (複数形由来)
- 本来の意味:あなたたち(複数)
- 新しい意味:敬意を払うべき、一人の相手(単数)。フォーマルな響き。
- ‘thou’ / ‘thee’ (単数形由来)
- 本来の意味:あなた(単数)
- 新しい意味:親しい友人や家族、あるいは自分より身分の低い相手に使う言葉。インフォーマルな響き。
‘ye’ (you) を使うのが丁寧でフォーマルな話し方、’thou’ を使うのが親密か、場合によっては見下したようなカジュアルな話し方、という社会的な使い分けが生まれてきたのです。
「失礼かも?」を避けるため ‘thou’ が消えていった
時代が進むにつれて、「相手を不快にさせてしまうかもしれない」というリスクを避けるため、人々はだんだんと単数形の ‘thou’ を使わなくなっていきました。
例えば、初めて会った人に ‘thou’ を使うと、「なれなれしい」と思われたり、「自分を格下に見ているのか?」と気分を害されたりする可能性がありました。一方で、誰に対しても丁寧な ‘you’ を使っておけば、そのような誤解を招くことはありません。’you’ は常に安全な選択肢だったのです。
特に、商人などの新しい階級が力をつけ始め、社会が流動的になると、誰が「目上」で誰が「目下」か、見た目だけでは判断しにくくなりました。そんな中で、相手の身分を探りながら言葉を選ぶよりも、最初から全員に敬意を払う ‘you’ を使う方が、はるかに楽で無難だったのです。
こうして17世紀ごろには、日常会話で ‘thou’ が使われることはほとんどなくなり、単数も複数も、そして主語でも目的語でも使える、非常にシンプルで万能な ‘you’ が定着したのです。
私たちが今、誰に対しても ‘you’ を使うのは、相手に失礼がないように、という社会的な配慮と、言葉のシンプルさを求める流れが合わさって定着した結果なのですね。
‘thou’ はどこに残っている?
日常会話から姿を消した ‘thou’ ですが、完全に消滅したわけではありません。以下のような特別な文脈で、今でもその姿を目にすることができます。
- 古い聖書: 特に有名な「欽定訳聖書」では、神への呼びかけとして ‘thou’ が使われています。これは神を軽んじているのではなく、むしろ「神と私の、一対一の親密な関係」を示すための表現でした。
- シェイクスピアの戯曲: 登場人物同士の関係性(身分、親密さ、愛情、そして時には怒りや侮辱)を表現するために、’you’ と ‘thou’ が巧みに使い分けられています。有名な「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンのセリフは、その代表例です。
- O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?
- (おお、ロミオ、ロミオ!なぜあなたはロミオなの?)ここでは、ジュリエットのロミオに対する深い親愛の情が ‘thou’ という言葉に込められています。
- 一部の地域方言や宗教団体: イギリスのヨークシャー地方など一部の地域では、比較的最近まで方言として ‘thou’ が残っていました。また、キリスト教の一派であるクエーカー教徒は、平等を重んじる立場から、あえて全員に単数形の ‘thee’ を使うという独自の習慣を持っていました。
現代において ‘thou’ は、非常に古風で、厳かな響きを持つ言葉として認識されています。
現代の工夫:「あなたたち」を明確に伝える表現
‘you’ が単数と複数の両方を表す便利な言葉になった一方で、新たな問題も生まれました。それは、「今話している ‘you’ は、一人のこと?それとも皆のこと?」と紛らわしくなってしまうケースです。
“What are you doing?” と部屋にいる数人に向かって聞いた時に、「私に聞いてるの?それともここにいる全員に?」と聞き返されてしまうような状況ですね。
この紛らわしさを解消するために、現代の特にカジュアルな話し言葉では、「あなたたち」をはっきり示すための新しい表現が、世界中の英語圏で自然に生まれてきました。
you guys vs. y’all vs. youse …
特にアメリカ英語でよく耳にするのが ‘you guys’ と ‘y’all’ ですが、他にも様々なバリエーションが存在します。
you guys
北米で非常に広く使われる、最も一般的な「あなたたち」の表現です。男性だけのグループはもちろん、女性だけのグループや男女混合のグループに対しても、性別を問わずに使われます。
- Hey, you guys! Let’s go for lunch.
- (やあ、みんな!お昼に行こうよ。)
- Are you guys ready to order?
- (みなさん、ご注文はよろしいですか?)
とても便利ですが、’guys’ が元々男性を指す言葉であるため、よりフォーマルな場や、性別に中立な言葉遣いを好む人がいる場面では、’everyone’ や ‘folks’ といった別の表現が選ばれることもあります。
y’all
‘you all’ が短くなった形で、元々はアメリカ南部の方言でした。しかし最近では、その使いやすさと響きの良さから、より広い地域、特に若者の間で使われるようになっています。’guys’ のように性別を意識させる単語を含まないため、完全に中立的な「あなたたち」の表現として人気が高まっています。
- I hope y’all have a wonderful evening.
- (みなさん、素晴らしい夜をお過ごしください。)
- What are y’all doing this weekend?
- (みんなは今週末、何をするの?)
その他の表現
- youse (ユーズ): アイルランド、スコットランド、オーストラリア、そしてアメリカの一部の都市(ニューヨークやフィラデルフィアなど)で聞かれる表現です。
- you lot: 主にイギリスで使われる、ややくだけた言い方です。「おまえら」といった少し乱暴なニュアンスを含むこともあります。
まずは代表的な ‘you guys’ と ‘y’all’ を知っておくと、ネイティブが複数の人に呼びかけている場面で、スムーズに会話を理解できるようになります。
まとめ:言葉の歴史を知れば、英語はもっと面白くなる
普段何気なく使っている ‘you’ という単語。その裏には、フランス語からの影響、敬意の示し方の変化、社会の動き、そしてコミュニケーションを円滑にするための人々の工夫といった、何百年にもわたる壮大な歴史が詰まっています。
このように言葉の背景を知ると、ただ単語と意味を1対1で暗記するのとは違う、英語の奥深さや面白さを感じることができますよね。
ネイティブがなぜ ‘you guys’ や ‘y’all’ のような表現を使うのか、その理由が分かると、彼らの言葉の感覚が少しだけ自分の中にインストールされたような気分になりませんか? これからは、自信を持ってこれらの表現を聞き取ったり、機会があれば使ってみたりできるはずです。
これからも、こうした言葉の物語に触れながら、楽しく英語学習を続けていきましょう。

英会話カーディム講師。元外資系エンジニアでMBA保持者。海外留学なしに国内で独学にて英語を習得。ラテン語や印欧語、英語史の知識を持ち、英文法を含めた英語体系に詳しい。英語オタクで出版された英和辞典や英文法書は絶版も含めて殆ど持っている。
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